「みみクンのお願い」経緯
以下に、保護主kikiが初めてみみクンの仲間たちの存在を知った日から、「みみクンのお願いSOS」再発信に至るまでの経緯・経過を時系列に記します。
2004年9月
現場近くの知人宅を訪れた際、ある家の異様な状態をうかがい知る。
現場宅の外から様子を伺っていたのだが、外まで異臭が漂ってくる。「ギャーギャー」という猫の叫び声が漏れ聞こえる。窓という窓の向こう側に、多数の猫が折り重なってうごめいているのが映っている。

その場に立ちつくし眺めていると、近隣の住民が出てきて飼い主周辺の関係者と間違われ、「迷惑している」と訴えてきた。

近隣住民の話から、

 ・飼い主(独り暮らし)の姿をしばらく見ないこと
 ・ときおり猫の世話をしにきているらしき人物がいること

を知る。

先のことなどまったく予測できず、考えられないまま、とにかく家の中の状態を確認しようと考える。関係者と連絡を取るべく動き始める。
2004年10月
飼い主の家族と連絡が取れる。飼い主本人は病気のため入院中。その間の猫たちの世話を頼まれた人物があるが、ほとんど世話をしていなかったらしい。

その後、

 ・そもそも多頭飼育の飼い猫が不妊手術されておらず、数が増えたこと
 ・相当な頭数に増えた後も不妊手術は受けさせず、
  雌と雄を部屋を分けて飼育していたらしいが、いつのまにか全頭入り混じり、
  飼い主の入院中に惨状が加速したもの

と判る。

現場宅に入る。すさまじい異臭。不衛生。家中に茶色い汚れがこびりついている。猫の数は数え切れない。40匹か、50匹か・・・それとももっとか。どの子も酷く汚れ、飢え、痩せ細っている。ヘルペスの悪化、耳ダニの蔓延、怪我など続々。足の悪い猫が1頭亡くなっている。

子猫、中猫の姿がある。つまり、まだ増え続けているということ(生き延びられないにしても)。まず雌猫の避妊手術を優先させなければならない。躊躇する猶予もない。

2匹の猫の死亡を飼い主の家族が確認。

飼い主の家族は、猫たちの今後について「関われない」とのこと。

雌と雄を部屋分け。雌猫から順次連れ出し、体力のある子から避妊手術を受けさせる。
連れ出した子たちは現場に戻さず、kikiとあゆ丼宅でケア。

同時に現場宅の清掃作業、子猫と中猫から保護・里親探しに取りかかる。

あまりにも猫の数が多い。清掃作業もやってもやっても追いつかない。

みみクンの死。

現場から全頭救出することを決意。

連れ出した猫たちを、“未不妊の雄”“未不妊の雌”“不妊手術済み”“初期ケア(諸検査・諸治療)済み”に分けて世話をする。
2004年11月
『みみクンのお願いSOS』ウェブページ公開。

猫たちが健康を取り戻すことを最優先しつつ、状態が良く人慣れしている子から里親さん一時預かりさんの募集を開始。

全頭救出完了。
2004年12月〜2005年1月
必要な治療・手術、全頭の不妊手術、ワクチン、耳ダニ駆除、駆虫が完了。

引き続き里親さん一時預かりさんを募集。
2005年2月
飼い主が退院しており(時期は不明)、本人よりコンタクトがある。
お気に入りの子、人馴れしている子だけでも戻して欲しいとの要望があったが、この飼い主には戻せないと判断し、拒否し続ける。

事情によりウェブページの更新が不可能となる。
2005年3月
行政へ赴く。担当部署が飼い主への対応に乗り出す。
2005年5月末
改めてウェブ上に別管理による『みみクンのお願いSOS』を再発信
 (現在こちらが『みみクンのお願い』SOSサイトです)。

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